第73回滋賀県文学祭(令和5年度)

第73回滋賀県文学祭審査結果

出品作品内訳

応募総数 知事賞
(各部門1人)
特選
(8部門合計)
入選
(8部門合計)
奨励賞
(8部門合計)
684点 8点 53点 93点 該当者なし

※奨励賞は入選受賞者の中から30歳以下対象

知事賞

・小説 陸田 京介 (おかだ きょうすけ)
・随筆 馬渕 兼一 (まぶち けんいち)
・詩 島田 照世 (しまだ てるよ)
・作詞 松山 武 (まつやま たけし)
・短歌 松本 トシ子 (まつもと としこ)
・俳句 北村 浩子 (きたむら ひろこ)
・川柳 今井 和子 (いまい かずこ)
・冠句 内田 一滴 (うちだ いってき)

 

第73回滋賀県文学祭入賞者一覧(PDF形式)

 

知事賞受賞作品講評

小説

「ハブとマングース」 陸田 京介

選評

 主人公夏美(なつみ)が偶然目にした淡路島にある店の名前。そこから中学時代の陸上競技部を背景に二人の友達(いじめが理由で転校してきた透(とおる)、黒人とのハーフの少女ローズ)の思い出を回想する。夏美自身対人恐怖症を克服するため絵画セラピーを受けており、共に「群(む)れない」者どうし。友情はその後も続くはずだった。が、透への恋心とローズへの無意識の優越感、そして友人二人を中傷する黒板の落書き事件により三人の仲は瓦解する。修辞の上手さ。絶妙な伏線の張り方。感動的なラストシーン。思春期の倒錯した少女の心理も丁寧に描かれている。欲を言えば、夏美の夫となる孝史(たかし)も中学の同級生だったということにして、もう一つ逸話を絡めてほしかった。父母との関係を入れるよりよい。題名の付け方や先が読めてしまう展開に不満が残るものの、それらを差し引いても知事賞にふさわしい心温まる感動的な秀作である

 

随筆

「ファイナルコンサート」 馬渕 兼一

選評

 娘から一枚のコンサートチケットを渡された作者。興味はないが捨てるのはもったいないと思い、期待せずにコンサートホールへ。ところが、指揮者に手を引かれて目の見えないピアニストが登場したところから、作者の心がだんだんと変化していく。その様子が作者の目を通してリアルに伝わってくる。
 そして、ピアニストの演奏に感激した場面の表現がいい。指の動きは、美しい人魚が歌っているよう。鍵盤は歓喜に飛びはねているようだと書いてある。それまでの軽いタッチの書き方が背景になって、この表現がより際立っている。肝心な場面が輝いていることが、知事賞になった要因だ。
 また、書き始めの作者と書き終わりの作者が大きく変化しているところもこの作品を魅力的にしている。

 

「緑の食卓」 島田 照世

選評

 緑の苔の印象が鮮烈で、イメージの展開に魅了されました。言葉の背後に途方もない時間と限りある人生の情感がひろがっていて、作品舞台にひきこまれます。読者はそれぞれ違った入り口から作品世界に入っていくでしょう。ふくらはぎが痛むまで歩き続けて、ようやく椅子に座り、来し方のことを話し始めた「私」の息づかいが感じられるようです。メタファーで貫かれた現代詩ですが、書き手の内にとじこもらず、問いかけが普遍的にひらかれているところがすばらしいと思いました。

 

作詞

「母さんのふるさと」  松山 武

選評

 とてもリズムは良いと思いますし、景色だけでなく、お母さんへの思いが描かれているところが、この賞に結びついたと思います。
ただ、一番と三番は、二行、二行、三行、でまとまっていますが、二番は三行、二行、二行、というまとまりになっているところがとても惜しいと思います。また、最後のフレーズを最初に持ってくることで、題名にもあります『母さんのふるさと』がより活きてくると思います。

 

短歌

松本トシ子

ゆふすげはまだし咲かぬも筋萎ゆる子のいのち率(ゐ)て山にのぼりし

選評

 「筋萎ゆる子のいのち率(い)て」に、作者の信念、愛情、献身的な姿が心に迫り来る。同時に子と共に頂を極めたときの感激も目に浮かぶ。ゆふすげに詩情を漂わせながら、子の生をも一身に引き受ける作者の覚悟がひしと伝わる。

 

俳句

北村 浩子

スケボーの風裏返す日焼の子

選評

 最近テレビ等でよく見かける様になったスケボー、正確には「スケートボード」だ。
 風を裏返すと言う表現に、若者の俊敏な動きと風とが感じられる所に惹かれた。

 

川柳

今井 和子

大好きなじかんの中に今日もいる

選評

 「大好きなじかんの中」とは、何か好きなことに没頭している時間のことだろう。
 それは、読書とも手芸とも、はたまた庭いじりなどと幅広く読み取れ、すなわち句を深くしている。なお、「大好きなじかんの中」の「中」、この漢字表記が極めて効果的で、いわば至福の時間の中に今日もすっぽりとはまっている感を抱かせる。

 

冠句

内田 一滴

傷庇う 戦抱えて父の老い

選評

 すでに亡くなられたお父様の回想シーンからの一句でしょうか。戦争の傷を抱えたままその生涯を終えられたお父様への深い慈しみの情が伝わってきます。何も言わないのは父の姿なのかも知れませんが、老いがさらに寡黙にさせたのかも知れません。そんな背中を見ている作者の眼差しがしみじみと感じられます。