第70回滋賀県文学祭(令和2年度)

第70回滋賀県文学祭審査結果

出品作品内訳

応募者総数 知事賞 滋賀県芸術文化祭50回記念賞 特選 入選 奨励賞
778人 8人(各部門1人) 1人 53人(8部門合計) 93人(8部門合計) 1人

※奨励賞は入選受賞者の中から30歳以下対象

知事賞  ※最高賞は「知事賞」に名称変更しました。

・小説 古橋 童子 (ふるはし どうじ)
・随筆 榊原 洋子 (さかきばら ようこ)
・詩 谷口 明美 (たにぐち あけみ)
・作詞 髙橋 真由実 (たかはし まゆみ)
・短歌 幅尾 茂隆 (はばお しげたか)
・俳句 前川 菅子 (まえがわ すがこ)
・川柳 宇野 弘子 (うの ひろこ)
・冠句 濱田 さおり (はまだ さおり)

 

滋賀県芸術文化祭50回記念賞受賞者

・俳句    山口 絢子(やまぐち あやこ)

 

 

第70回滋賀県文学祭入賞者一覧(PDF形式)

 

知事賞受賞作品講評

小説

「石田三成かくれ里 大蛇変」 古橋 童子

選評

 関ヶ原の合戦で敗軍の将となった三成を追う田中吉政は、自分こそが彼の理解者であり、敬意をもって捕縛できるのは己であると思っていた。吉政は三成の領地である近江の古橋村を捜索する。古橋村の人々は三成に恩義を感じており、隠し通そうとするだろうが、それは一方、村を荒らされ命を奪われることもあることを意味していた。豊臣家の施政を貫くことをよしとする三成は大蛇になったのかもしれぬと吉政は思う。吉政の探索のかいがあって、三成はとらえられたが、最後まで諦めぬ生き方を貫く。
 古橋村に伝わるハタヤシロノスクネとオロチの伝説を絡め、身を滅ぼすとわかっていても秀吉が整えた秩序と未来を信じる三成と、三成を匿う側の苦悩、彼の人間性を高く評価している吉政の苦悩が克明に描かれている。特にラストがそれぞれの生き方を象徴し静謐な文体で表現され見事であった。登場人物の心の動きが鮮やかに表現されている秀作である。

 

随筆

「豆餅」 榊原 洋子

選評

 娘の好物であった豆餅を仲立ちに、ささいなことで喧嘩をした母と娘が仲直りをする話である。娘は、絵を描くのが上手である。母親は、自分の本を作っていて、これまでに挿絵を描いてもらっていたが、子育て中の娘は、子供服作りなどで、しばらくは絵を描いていなかったという。母は、娘に本への挿絵を頼むが、「下手でいいから」との不用意な一言が、娘を傷つけ怒らせてしまう。娘は、毎年、冬休みに、子供とともに滋賀の実家へと帰省していたが、これが原因で帰らなくなってしまい、しばらく音信普通となる。コロナ騒ぎもあって、娘に電話をするが、母の思いは通じず、娘とのあいだに生じた心の溝は塞がらないままであった。そうしたとき、娘の好きな豆餅を送ろうとメールする。餅屋で作ってもらった豆餅を娘のもとへと送る母。親子、とりわけ母娘のつながりは強いとされるが、時にはすれ違いをもたらす。どこにでもありそうな親子の姿であるが、母の抱えた葛藤と、豆餅による母娘の仲直りが、テンポ良くうまく描かれている。

 


「小さな円居」 谷口 明美

選評

 アイスキャンディー売りの老人のまわりに集まる子供たち。鋳掛け屋、ポン菓子屋、こうもり傘の修繕を見るために円座を作る子供たち。彼らにとってこれらの生業の場は小さな非日常、祝祭空間、まれびととの邂逅の場ともいえる。作者がこの場に円居(まどい)という古風な言葉をあてているのも奏効している。欲を言えばアイスキャンディーにあてた詩行で生業を見つめる子供たちの好奇の視線を描いてほしかった。ただともすれば懐旧に流れそうなところを終わりの三行で現在の心境に引き戻せたことは評価できる。

 

作詞

「この道 小路 僕の道」  髙橋 真由実

選評

 各行の頭文字をつなげると「あいうえお・・・」となるアクロスティック作文となっています。最後の行に「あいうえお・・」を配置していることでも、遊び心が楽しい作品となりました。「ぱっ」という言葉も目の前に何かが広がるような楽しさがあります。コトバ探しに工夫がありますが、耳で聞いて情景を思い浮かべた時に、童謡にしては少し難しい言葉がいくつかあるのが残念です。

 

短歌

幅尾 茂隆

ひとすじに雨は青葉の上に降る ひとのこころの動く日を待つ
銅像のやはらかくなる六月の雨の中にて会ひたきひとり
傷もたぬ桜並木の幹はなし静かに桜花(はな)の散り終はりゆく

選評

 青葉に降る雨、銅像に降る雨、桜並木の三首は作者の日常のいっぺんであろう。省略と抑えた表現、余白に好感が持てます。一首目、下の句への展開が人間の機微を感じさせてくれます。二首目、銅像がやわらかくなる…雨の情感が伝わる。三首目、傷もたぬ桜の木は人への畏敬であろうか。

 

俳句

前川 菅子

耕して大地の息をととのへる

選評

 耕しは、春の季語で特に春の農耕の準備をする事をいう。冬の間に固まった土地を耕して作物・野菜の種を蒔く、或いは苗を植え付ける前に田や畑の土を鋤き返し柔らかくほぐす作業です。現在では耕耘機等の機械化が進んでいる。  耕して大地を生き返らす。それを息を整えると述べ、耕人の心意気を感じる。

 

川柳

宇野 弘子

回覧が届く静かな順番で

選評

 町内の回覧だろうか。以前は玄関のチャイムを鳴らして手渡しをしていたものだが、今は仕事で留守の家庭や年配者の世帯も多いので、そっとポストに入れておくことの多い回覧板。玄関での立ち話もなく、淡々と伝わってゆく連絡やお知らせ。
「静かな順番」が、日常から生まれた実感を一行の詩として成立させている。

 

冠句

濱田 さおり

呟く日 霖雨の窓に干す孤独

選評

 霖雨(りんう)とは幾日も降りつづく雨、ながあめと広辞苑にあります。この「霖雨」の措辞に句が一段と格調高くなりました。「長雨」四文字では一句の音の響きも冗長となるところです。さらに下五「干す孤独」と続く句は圧倒的な詩情に溢れています。今年の春から夏にかけて新型コロナウイルス感染拡大防止の自粛と長梅雨で家に籠る毎日は長く続きましたが、その状況を格調の高い一句として詠い上げられました。選者一同、秀句に出会えた喜びを深くしました。