第66回滋賀県文学祭(平成28年度)
第66回滋賀県文学祭審査結果
出品作品内訳
応募者総数 | 芸術文化祭賞 | 特選 | 入選 | 奨励賞 |
854人 | 10人(各部門1人) | 60人(10部門合計) | 100人(10部門合計) | 2人 |
※奨励賞は入選受賞者の中から30歳以下対象
芸術文化祭賞受賞者
・小説 | 松本 匡代 | (まつもと まさよ) | |
・随筆 | 榊原 洋子 | (さかきばら ようこ) | ※「榊」は木へんに「神」 |
・童話 | 岸 栄吾 | (きし えいご) | |
・詩 | 榊 慧 | (さかき さとし) | ※「榊」は木へんに「神」 |
・作詞 | 高山 清子 | (たかやま きよこ) | |
・短歌 | 中道 節子 | (なかみち せつこ) | |
・俳句 | 宮田 絵衣子 | (みやた えいこ) | |
・川柳 | 片山 美津子 | (かたやま みつこ) | |
・冠句 | 廣瀬 悠紀子 | (ひろせ ゆきこ) | ※「廣」はまだれに「黄」 |
・情歌 | 福山 幸雄 | (ふくやま ゆきお) |
第66回文学祭選考結果(PDF形式;162KB)
芸術文化祭賞受賞作品講評
小説
「天下~律義者の十五年~」 松本 匡代
選評
家康が死の床にある秀吉を見舞ったとき、世継ぎ秀頼の将来を託された。家康は身命を賭してお守りすると約した。家康と秀吉は信長のもとで共に戦ったという連帯感があった。関ヶ原の戦いで勝利した後も家康は徳川、豊臣の融和共存を目指した。その象徴が、秀頼と嫡男秀忠の長女千姫の婚姻だった。そうした家康の気遣いを察することなく、豊臣方の淀殿は徳川を拒絶し続けた。やがて方広寺の大仏開眼供養にあたり、大仏殿の梵鐘の銘文「国家安康 君臣豊楽」が家康を激怒させ、大阪城を舞台に戦が始まる。戦火を逃れてきた千姫に秀頼と淀殿の助命を懇願され、家康もそれに応えようとするが、将軍となった秀忠が拒絶する。大阪城が燃え落ちる中、家康は茶臼山の本陣に戻ると、秀吉殿、許されよ。わしも秀忠と徳川の家が大事なのだと天に向かって呟いた。
関ヶ原で勝利した後も、終始豊臣との融和共存を図ろうとした家康、周知の歴史的事実を軸に揺れる彼の心情を新たな一面から捉えていて新鮮味があった。歯切れが良い文章は心地よいテンポとなって読者を離さない。作者の力量が遺憾なく発揮された堂々とした作品である。
随筆
「腕時計と店主」 榊原 洋子 ※「榊」は木へんに「神」
選評
年を経ると自分自身が大切にしている品物は手離せないようである。腕時計が古くなってしまったが、35年間使っていても古いという自覚がない。少し遅れるようになった時計を時計店に持っていったが、油切れかもしれないので油をさしておいたという店主。その人柄に信頼を寄せ、分解掃除をしてもらうことにした。店主の人柄と作者の心がそこはかとなくただよっている。
童話
「ぬまかっぱ」 岸 栄吾
選評
独創的なぬまかっぱが主人公。独創的というのは、このかっぱは、かっぱの起源、伝説、歴史的認識にとらわれていないのです。この点を、作者はあえて考えに入れなかったのかどうか、少し気になりました。
雨を降らすのが仕事のぬまかっぱは、さぼっているうちに、頭の上の皿、甲羅、くちばしを失います。ただの人間になってしまったかっぱが、さまざまなものと交わる中で、独自のものを備えるかっぱに成長していきます。
ストーリーがテンポよく展開し、言葉遊びもあって、楽しい作品に仕上がっています。
詩
「散って野」 榊 慧 ※「榊」は木へんに「神」
選評
死という言葉があるのでなにかのっぴきならぬ屈託が秘められているのかと思ったが、直角平行、台形、坂等、心性の形象化のアクセントのように思えた。主調の捉えにくい作品ではあるが、反面読者の感性を震わせる衝迫力がある。通念的用法を裏切った言葉遣いは新鮮でもあり斬新さが光っている。ただ、それゆえの危うさも潜んでいる。
作詞
「メール」 高山 清子
選評
携帯による恋心の伝達を切なく表現したこの作品は、アイデアが斬新で高く評価できます。「自らの心の内を、自らの言葉で、口伝えに目の前の相手に伝える」そうした時代が過去のものとなりつつあることを痛感した作品でもあります。「マメシバ」は意表を突く言葉で、当初は何のことかと悩ませてくれました。サ行の言葉及び破裂音は歌いにくいということを考慮して作詞してください。「プッシュ」の連続はメロディーにするにも歌い上げるにも難しいと思われますので、今後は言葉にさらなる磨きをかけてよい作品をお寄せ頂きたいと思います。
短歌
中道 節子
選評
・穂孕期の田水絶やすな亡き父の信念を胸に朝露の畦
・イケメンとギャルの案山子はミズカガミの穂の田に手繋ぎ何か語れる
・溶接の青き炎に修理さるるトラクターの無言 長男の無言
農業に従事する労働の歌。生業の杞憂、どう打開していくか、農を継ぐ若者が少なくなる現状に視点を当てていて発想がよい。穂孕期の成長の描写と父の教え、イケメン・ギャル・滋賀県産新種米のみずかがみからの明るさと新しい感覚、「青き炎」の表現から農を継ぐ息子の熱、いずれの歌も前向きで農事に誇りを感じる、こころに響く佳品である。
俳句
宮田 絵衣子
選評
・背泳ぎやいつしか空にゐるやうな
背泳ぎをして青い空、雲の流れをみて、夢中に泳いでいると、自分も空に吸い込まれているような気がした。広い自由な大空に自分を発見。スケールの大きな句で、背泳ぎの季題が効いている。
川柳
片山 美津子
選評
・傾いた椅子そのものを書きたいと
作者はこの句で冒険を試みたのではないかと直感をした。「そのもの」こそ、私であり、高まる気持ちであり、書いては消して、書いては消して、傾いて座れない椅子の中に見出したものは「こころ」であったのだろう。「書く」が片時も頭から離れなかった日常さえ伺い知ることができる。そしてそれは、仕上げるまでの苦心を共有できる句になり、新鮮な「書く」は選者全員の点数が入った見事な作品になった。
冠句
廣瀬 悠紀子 ※「廣」はまだれに「黄」
選評
・文字揃え いま漂泊の旅終える
『文字揃え』の冠題を、単なる『文字』から心の整理にまで広げられたところに、句者の冠句に対する造詣の深さが感じられる一句。
あれこれ思い悩んだうたかたの人生を思い起こし、失敗や苦悩等、どうしても消し去ることの出来なかった今までの歩みに対し、自戒や懺悔の思いを込めて、静かに振り返り心の整理をする。或いは自分史を編纂したり一心に写経に打ち込んだり、自分史をまとめる事によって、数多の灰汁を洗い流す。私はこのような捉え方をさせて頂きました。
冠題との絶妙な距離感が心地よく、背筋の通った格調の高い秀句であると感じ入りました。
情歌
福山 幸雄
選評
・本音なかなか言いだせなくて例え話で告げる愛
喉もとまで来ている告白も、ちょっぴり恥ずかしさが手伝って言葉にならない。それを遠回しの例えを使ってそれとなく打ち明ける。優しい心の雰囲気は、男の告白にも女の告白にも取れる。それはそれでいい、情景描写として仕上げた作品で、作者の思い遣る心が伺える。語呂の調子も良く、立派な芸術文化祭賞!