第74回滋賀県文学祭(令和6年度)

第74回滋賀県文学祭審査結果

出品作品内訳

応募総数 知事賞
(各部門1人)
特選
(8部門合計)
入選
(8部門合計)
奨励賞
(8部門合計)
701点 8点 53点 92点 該当者なし

※奨励賞は入選受賞者の中から30歳以下対象

※令和6年11月8日に入選作品1点について、応募規定違反が認められましたので入選を取り消しとし、92点とします。

知事賞

・小説 猪子 羊之助 (いのこ ようのすけ)
・随筆 馬渕 兼一 (まぶち けんいち)
・詩 朝倉 圭子 (あさくら けいこ)
・作詞 和田 祐子 (わだ ゆうこ)
・短歌 船岡 房公 (ふなおか ふさひろ)
・俳句 船岡 房公 (ふなおか ふさひろ)
・川柳 山本 知佳子 (やまもと ちかこ)
・冠句 小西 みさを (こにし みさを)

 

第74回滋賀県文学祭入賞者一覧(PDF形式)

 

知事賞受賞作品選評

小説

「白金」 猪子 羊之助

選評

 慶長三年、秀吉が逝去すると六歳の嫡子秀頼を守り立てるため、五大老、五奉行の政治体制が始まった。翌年、前田利家が世を去ると、家康が専横を極めるようになる。これを制しようと石田三成ら対抗勢力が立ち上がる。大戦の機は熟しつつあった。三成は水口岡山城主長束正家を訪ねる。三成は協力を求めるが、正家は応じない。正家が長持ちから二振りの刀を取り出し、真剣勝負となる。三成の機転で勝負は決し、太刀を鞘に収めると、二人は本音で語り合った。正家は小判に血判を押し、三成に手渡す。
 大戦直前、正家と三成二人だけの野点の席が舞台となっている。心が揺れる正家は同じ文治派である三成の姿を見て、己の答えを見つけ出そうとする。息詰まる二人の心理戦から真剣勝負へと展開するが、やや強引でリアリティーを欠くものの、彼らの最終決断へ凄みをきかせる効果がある。やがて訪れる悲しい結末を予期したかのように、覚悟を決めた武士の姿が鮮やかに浮かびあがる。戦の場面を借りずに心理描写で武士の矜恃を描ききった珠玉の一編である。ただ、文中にある「ミシガン」や「ルーティン」という言葉は、時代小説には相応しくないという意見があった。

 

随筆

「花の顔」 馬渕 兼一

選評

 この作品は、仏さんに供える花には顔があると言う。はてどこが前で顔はとなると、花器に花を生ける時必ず前が決まるように心掛ける。やはり同じように仏花も主になる花が同じ向きに揃えてあるほうが顔である。その顔は拝む人の方に向けられて供えられるのが一般的であると、作者は思っている。しかし、母親の供え方は、仏さんに花を見てもらうとの思いから、裏向きに供え、家の仏壇を守ってきたと言う。檀那寺で行なわれた親戚の法事では母親と同じ向きの供花を見て驚き、住職に聞く。「花を見て心を清める人も居れば、花を仏に見せることによって心を安らげる人も居る」と諭される。
 世相は地域の風俗や家のしきたりも薄れ、何が正しいのか、こうしなければならない答えは見つからない時代である。この作品を読んで、礼儀や作法は生きる社会の基本であると仏に導かれた思いである。

 

「対話」 朝倉 圭子

選評

 この詩を読んで、これでキマリと思いました。作者は、舌と眼球で意思表示する「あなた」の入院生活の様子を巧みな比喩で描写していきます。「あなた」の言いたげなことを「 」で述べたところなど、無技巧の技巧です。最後の浮世離れした禅問答みたいなやりとりで、詩世界はいっきに深海から宇宙に広がっていきます。舌はちろちろ、眼球はにんまり。いくぶん深刻な心持でこの詩に付き合ってきた読者もここで心を解き放たれます。

 

作詞

「くらげのすなどけい」  和田 祐子

選評

 今までの作詞部門の中にはなかった独特の世界観がよかった。その世界観を理解しようと何度も読もうとする気持ちを起こさせる作品だ。また、幻想的な曲、あるいはいっそのことハードロック風にとか、いろいろな付曲のイメージを起こさせる作品だ。最後の「ぷくん」がとてもかわいい。

 

短歌

船岡 房公

ステントの入りたる胸に熟れ麦の穂波を立てる風ふかく吸う

選評

 「ステント」とは、金属製の網目状の筒であるらしい。そのいわば異物が入った胸は自分の胸でありながら気になるものだろう。しかし作者は生きていることを喜び「風ふかく吸う」と詠われる。その風が「熟れ麦の穂波を立てる風」であると、麦の生命の勢いを表現されているのも良い。

 

俳句

船岡 房公

深ぶかと残る足跡植田澄む

選評

 張られて間のない澄んだ水に深ぶかと足跡が残っている。田植の大変な作業のあとの清々しい光景が示されている。そよ風が通い注ぐ日差しが煌めいている。今も昔も万人が納得する風景にしみじみとした感動を覚える。

 

川柳

山本 知佳子

遠くからきみの青いを見ています

選評

 作者自身の若かった頃を思い浮かべながら、今は遠くにいる「きみ」の若かった頃を思いだしている。いいように思いだしている。

 

冠句

小西 みさを

分厚い手 やわき四肢抱き父となる

選評

 作者のご子息が父となられた時の感慨の情景を詠われたのでしょうか。小さな頼りなげな我が子を抱かれたご子息。その手に作者の眼はやがて移り、やや緊張し、ぎこちない中にいるご子息の逞しい分厚い手に焦点を当てて行かれます。冠題を充分に生かしきり、冠題に帰ってゆく句姿は見事であり、愛にあふれる情景が読み手を魅了します。