第71回滋賀県文学祭(令和3年度)
第71回滋賀県文学祭審査結果
出品作品内訳
応募総数 | 知事賞 (各部門1人) |
特選 (8部門合計) |
入選 (8部門合計) |
奨励賞 (8部門合計) |
736点 | 8点 | 53点 | 93点 | 1点 |
※奨励賞は入選受賞者の中から30歳以下対象
知事賞
・小説 | 中川 法夫 | (なかがわ のりお) |
・随筆 | 山森 ふさ子 | (やまもり ふさこ) |
・詩 | 島田 照世 | (しまだ てるよ) |
・作詞 | 福山 幸雄 | (ふくやま ゆきお) |
・短歌 | 近藤 甚一郎 | (こんどう じんいちろう) |
・俳句 | 前川 菅子 | (まえがわ すがこ) |
・川柳 | 伊藤 こうか | (いとう こうか) |
・冠句 | 澤 希 | (さわ のぞみ) |
第71回滋賀県文学祭入賞者一覧(PDF形式)
知事賞受賞作品講評
小説
「一輪のバラ」 中川 法夫
選評
民生委員林順子の目を通して、泉ニュータウンに住む一人暮らしの高齢者、木暮志乃と大橋為吉の交流を描いている。志乃は庭に赤いバラを育てている上品な婦人だ。為吉は酒と浪曲の好きな頑固者である。バラの棘で怪我をした為吉を志乃が手当てしたことで対極にある二人の交流が始まる。志乃は詐欺の被害者となるが、容疑者を庇う。その若者に冬山で遭難死した孫の姿を重ねていたのである。
志乃と為吉、対立する個性を持つ人物を描くことで緊張感を高め、読者を引き込んでいく。志乃はさらりと「分からない方がいいのかもね」と躱してしまうが、為吉らに対する愛情の深さが伝わってくる。巧みな人物描写である。圧巻は結末部分の省略で、志乃の墓前にバラを供えた人物が明かされていない。そうすることで読者は想像を膨らませ、感動の余韻へと導かれていく。高齢化社会と詐欺、ともすれば暗くなりがちなテーマでありながら、涼風のような爽やかさを残す珠玉の作品である。
随筆
「散歩道」 山森 ふさ子
選評
近年、健康づくりのため歩く人が多くなった。この作者はわずか十分程度の散歩、腰痛のリハビリを兼ね、固まりやすい体をほぐすことを目的として歩き始める。肌で感じ目に入る季節の移ろい、耳に聞こえる小鳥の鳴き声などから五感が刺激され心身共リフレッシュできる大切な時間にしている。散歩道は坂も階段もある変化に富んだ道である。展開されていく筋書は言葉がしゃべれない内から歩きはじめる人間。昔の人の移動は歩くより方法はなかったと防人の話、近江商人の全国へと出歩く天秤棒商へと広がる。あるとき、逆方向から歩くことによって見えるものが左右にかわり正面から朝日に照らされることを発見する。上り坂が下り坂になる大きな新しい発見から作者は歩いてきた人生の道を振り返る。「今歩いている道に余裕を持って周りを見つめ、耳を澄まして聞き、差し伸べてくれる人の暖かさに感謝して人生が続く限り一歩を大切に」と、散歩道から作者の人生への思索を綴る。作品は起承転結によって見事に纏められている。
詩
「メモリ」 島田 照世
選評
詩の直接の主題は、作者と父との空間的・時間的・精神的な距離感を測定する「目盛り」であるが、カタカナ表記を採ることによりmemoryの語感をも連想させ、日常言語を詩的言語へと昇華させている。作品は雨、色、匂いからはじまり、身重の作者、白い仔猫、消えた父、花の名を教えてくれた父、逆子の胎児、と映写スライドのような具体的なイメージが次々と流れていく。そして二十年というメモリを経て、すべてのイメージは結合され、作者はそのメモリを全肯定する境地に至り、読者は安堵するのである。
作詞
「風にも色が」 福山 幸雄
選評
普通にそばにあるものに違った角度から視点を寄せて、金子みすゞを彷彿とさせる詞になりました。風に色があることの発見と、それを伝えることで自分も優しい気持ちになれる詞です。春夏秋冬を上手に使い、最後にはやわらかい風に心が満たされて読む人も優しい気持ちで満たされます。言葉にも色があると思います。「瞳が燃えて・・にこにこ」は少し言葉の色が違うようにも思えます。もう一考欲しかった言葉選びです。
短歌
近藤 甚一郎
蚕紙を換へ桑遣り終へし日の暮れに小雨ふるがに桑喰む蚕
繭の出荷終へたる村は破夏(はげ)となり掃立前のひととき憩ふ
「繭商」とふ刻印欠けたる灯籠に湖北の蚕業の盛衰の見ゆ
選評
私が子供だった昭和二十年代~三十年代、その頃の日本にはまだ各地で養蚕が行なわれていました。学校からの帰り道、みんなで桑畑の桑の木に登って、黒い甘い実を口を紫にして食べた懐かしい記憶。作者の家も養蚕をしていたのだろう。その仕事を作者も手伝ったのである。思いのこもった言葉に力がある一連。
俳句
前川 菅子
一番の道具は十指草を引く
選評
雨と暑さでどんどん伸びる草。畑や庭の草取りは大仕事。鎌やシャベルなど用意して作業していくうち、細かいところや仕事の速さから、いつの間にか指で草を引いています。 神の創り給う十指に感謝と愛しさが募ります。この何よりも便利な道具、十指を詠まれた句は指賛歌の佳句です。
川柳
伊藤 こうか
話し声かしら葉ずれの音かしら
選評
音を遺憾なく捉えている句です。葉ずれという捉え方の上手さと、こころの穏やかさまでが伺えるようで、ホッとしてしまいました
冠句
澤 希
風が泣く あなたのいない街に棲む
選評
普遍的な愛の有りようをやさしい心で一七音に詠い上げられました。何かの事情を抱えながら都会でひっそりと暮らす一人の人が浮かび上がります。「住む」をあえて「棲む」と表記した所に身を潜めているようなニュアンスが醸し出されたのは絶妙で、冠題「風が泣く」とよく呼応しています。瑞々しい感性で詠まれた一句です。