第64回滋賀県文学祭(平成26年度)
第64回滋賀県文学祭審査結果
出品作品内訳
応募者総数 | 芸術文化祭賞 | 特選 | 入選 | 奨励賞 |
878人 | 10人(各部門1人) | 60人(10部門合計) | 104人(10部門合計) | 2人 |
※奨励賞は入選受賞者の中から30歳以下対象
芸術文化祭賞受賞者
・小説 小野 栄吉(おの えいきち)
・随筆 藤本 弘子(ふじもと ひろこ)
・童話 樋口 てい子(ひぐち ていこ)
・詩 園田 敦子(そのだ あつこ)
・作詞 叶 恋(かのう れん)
・短歌 大西 由男(おおにし よしお)
・俳句 石川 治子(いしかわ はるこ)
・川柳 大谷 のり子(おおたに のりこ)
・冠句 澤本 暖流(さわもと だんりゅう)
・情歌 廣瀬 悠紀子(ひろせ ゆきこ)
第64回文学祭選考結果(PDF形式;159KB)
芸術文化祭賞受賞作品講評
小説
「秋海棠」 小野 栄吉
選評
桜田門外の変で、主君井伊直弼の護衛に失敗した徳永新次郎は、主君を殺害されながら生還した不忠者、臆病者として藩内から非難を浴び、屈辱の日々を過ごす中、やがて護衛失敗の罪への処断が下され、新次郎は武士の家柄を取り上げられ、徳永家は断絶となる。藩内は直弼が進めた開国派とそれを排除しようとする攘夷派とが対立し、政争の中で獄中の新次郎は攘夷派への変節を強いられる。しかし彼は、息子の無実を信じながら自害して果てた父の思いを胸に刻み、決して取引に応じようとはしない。史実をもとに、主人公の人間的魅力を見事に描き出している。そして、この話で作者が最も描きたかったものは、信念を貫きとおした侍と、夫を陰で支える健気な武家の妻加津との、時代を超えた美しいラブストーリーである。「女人が慕う人に添えないために泣き、その涙の落ちたところから咲いた花」という逸話を持つ秋海棠を作品のタイトルにしているのもその思いからである。今回、七作もあった歴史小説の中でも抜きんでて完成度の高い、まさに芸術文化祭賞にふさわしい秀作である。
随筆
「柔らかく笑って生きる」 藤本 弘子
選評
中学時代に仲が良かった旧友との長い歳月を経た後の再会。同窓会に一度も出席してこなかった作者が、幹事から、不慮の事故の高次機能障害によって施設に入所していた旧友が初めて参加することとなり、作者に会いたがっていると聞かされる。同窓会で再会し、苦労を重ねた旧友の「柔らかい笑顔」に癒される気持ちが、じんわりと温かく伝わってくる。
童話
「ぼくらさむがり四人組」 樋口 てい子
選評
縁側に集まる、ばあちゃんとじいちゃん、動きが鈍くなったワープロ、そして、ぼく。とうちゃんとかあちゃんは、仕事に、妹のみきは公園に。家族の気配を感じながら、ゆっくりと流れる縁側の時間。日差しと風。ばあちゃんとじいちゃんの会話に、二人の歴史と愛情が滲む。静だが、大きな時間と、縁側にある今という瞬間を読ませる秀作。
詩
「お正月つぁんむかえ」 園田 敦子
選評
作者の住まう村落の神社の正月行事を視覚的というよりももっと感覚的、映像的に捉えている。「神殿さん」の風貌、歩み、等が詳しく描かれているが、その分そこに隠されたものの奥深さを感じる。それはきっとその土地に住む人のみに宿る土俗の魂であろう。意図されたわけではないが、行間にミステリアスな余情を感じさせる巧みな構成が奏効している。
作詞
「時の中」 叶 恋
選評
道ならぬ恋に落ちる二人をテーマにした与謝野晶子調の作品で、自然描写と恋心が上手く融合した作品である。女性特有の言葉のマジックが生きていて、読むものの頬が染まりそうである。作品の中で、文語と口語が入り乱れている点や、字脚の不揃いが気に掛かるが、言葉の選択や表現の工夫にさらなる磨きをかけると、完成度の高いよい作品になると思う。
短歌
大西 由男
選評
・古里に最後の友の葬り終えしんみりと酔う三勺の酒
・八十六の我が主役ぞ元大工屋根に上りて波板を打つ
・年甲斐もなく負けまいと蕎麦を打つ張り合うも又老いの生き甲斐
老齢による心身の衰えを嘆く歌は多いがこの作者の歌は少し違う。一首目下句を倒置して三勺という酒の分量に焦点が当たる。表現に工夫がある。二首目屋根に上がった者が主役であるという視点は確か。三首目も年を取ってゆくことをマイナスと捉えず積極的に自分の出来ることに挑戦している。下句の開き直りともとれる言葉に年輪が出ている。八十六で屋根に上っての作業など、体、そして何より精神が元気な作者、そのポジティブな生き方に拍手。
俳句
石川 治子
選評
・青鷺や対峙てふ距離崩さざる
川面あたりに点々と青鷺をよく見かける。青鷺と人間との距離を緊張感を持って対峙している。その距離感すら崩さざるといい切った所に新しい感性と緊張感が生まれ格調高い作品となった。
川柳
大谷 のり子
選評
・あなたの痛みわたしの痛み滝の音
「滝の音」がなんともいい。滝の水、その音が、この「痛み」をやわらげてくれる。家族であろう「あなた」と「わたし」。からだの「痛み」こころの「痛み」。看護が長く続き、どうにもならないと思えば暗くもなり、眠れない夜もあるだろう。そんな状況を想像すれば、祈るような気持ちが、この「滝の音」から伝わる。
冠句
澤本 暖流
選評
・愛の嵩 薄紙一枚ずつ重ね
永の人生、時には愛は諸刃の剣となることもある。そんな時、縁を尊び、根気よく一枚ずつ積み上げたからこその今日、愛の嵩となって花咲きました。この、薄紙一枚ずつ と言う表現が、共感を呼んでいます。
情歌
廣瀬 悠紀子
選評
・袖を通した浴衣の藍に華奢な項が匂いたつ
母が仕立ててくれた真新しい浴衣、初めて手を入れて微笑む少女。髪もアップにちょっぴり大人の気分を漂わせ、いかにも楽しいお出かけの様子が目星に浮かぶ。待ち合う場所には心を寄せる素敵な彼が、、、それとも気の合う仲間のお茶会のお楽しみ、、、何れにしても流れも流暢、情歌として美しく仕上がった作品である。