第69回滋賀県文学祭(令和元年度)

第69回滋賀県文学祭審査結果

出品作品内訳

応募者総数 芸術文化祭賞 特選 入選 奨励賞
773人 8人(各部門1人) 53人(8部門合計) 93人(8部門合計) 2人

※奨励賞は入選受賞者の中から30歳以下対象

芸術文化祭賞受賞者

・小説 阪本 博史 (さかもと ひろし)
・随筆 山森 ふさ子 (やまもり ふさこ)
・詩 梶谷 佳弘 (かじたに よしひろ)
・作詞 叶 恋 (かのう れん)
・短歌 太田 澄子 (おおた すみこ)
・俳句 石川 治子 (いしかわ はるこ)
・川柳 上田 寿美 (うえだ すみ)
・冠句 笠原 玲子 (かさはら れいこ)

 

第69回滋賀県文学祭入賞者一覧(PDF形式)

芸術文化祭賞受賞作品講評

小説

「ピッケル」 阪本 博史

選評

 「僕」は会社の同僚田村と白山へスキー登山に行き、滑降中に山岳冒険家の小田誠と衝突した。そこでかつて小田が経験した穂高岳沢のスキー滑降の記憶が「僕」の頭に転移した。後日、偶然に再会した小田は、記憶の代償としてピッケルを求めた。文章は荒削りのところがあるが、普通の日常の生活の中で、記憶の転移という非日常なことを描いた斬新性に注目した。この種の作品は、その不思議な出来事を現実に起こっていると読者に思わせることが成功の鍵となるが、本編では同僚の田村が科学的、論理的に仮説を立てるという力技で一定のリアリティーを維持している。また結末にはピッケルという小道具を用いて非日常をリセットさせるという心憎い演出が用意されている。短編小説では難しいとされるマジックリアリズムの世界を見事に描ききった秀作である。

随筆

「香りから」 山森 ふさ子

選評

 作者はそれなりの年配である。終活の一つと考えた彼女は、タンスの整理を始める。タンスの引き出しを開けたとたんに感じたのは、実家と母の香りであった。その香りの中から話は展開する。
 まず頭に浮かぶのは着物を縫ってくれている母と、それを眺めている父の様子である。
 そこから話は香りの分析になる。香りで料理の半分以上の価値が決まる。日常生活に潤いと季節感を与えるのが香りであると説く。なるほど今流行りのアロマテラピーとは芳香を用いて、病気の治療や心身の健康やリラクゼーション、ストレスの解消などを目的とする療法である。香りがいかに大切なものかが、作品の中に読み取れる。
 さらに作者は香りという字の成り立ちに触れ、香りからくる「かぐわしい」とか「芳しい」という言葉が尊い高貴な意味合いを持つことに気づく。また歴史の中で香りがいかに位置付けられているかを追求する。クレオパトラが求めた香り、日本では香道として研ぎ澄まされた文化となっていることなど様々な切り口から香りを考察していく。
 最後はやはり母への思いに戻る。母の香りのある着物に向きあうことで、母への感謝の念と終活への思いで締めくくられている。
 終活という一コマから始まった香りにまつわる様々な事柄が、両親の思い出とともに丁寧につづられ、読み応えのある作品であった。


「内臓」 梶谷 佳弘

選評

 内容的には汚穢な作品だが、そこに読者を止め置かないところにこの作品の力がある。食のトラブルによっての極限情況、ひどい嘔吐によってニホンジンをつきぬけてヒトになってしまう。人間存在の脆弱さがテーマになっているが、内臓を即物化して相対化しているところに作者の並々ならぬ技量を感じる。

作詞

「さくらネコ」   叶 恋

選評

 猫好きの思いが伝わる作品である。殺処分寸前の迷子の小猫を、哀れに思った飼い主が引き取って育てる際、不妊手術済みの印に片耳の一部を切り取るそうで、この個体を「さくら猫」と言うらしい。本作品の猫はそうした境遇の猫と思われるが、このことの理解を得るためには、その点の説明が作品中のどこかにほしい。また、作品中の三箇所に出てくる「愛されている」の文言も別な表現で展開してほしかった。

短歌

太田 澄子

ぶらんこのトップのひと蹴りひらく胸をさなの髪は風とつながる
八人の百人一首の散らし取りメダカのやうに泳ぐ児童(こ)らの手
ハンモックにぎうと抱かれてほぐれゆくストレスはふふ風溶性らし

選評

 ぶらんこに乗る幼子を見、百人一首に遊ぶ児らを見る。作者自身はその祖母に当たる年代かと思うが、自分が「児ら」になっているかのように詠う。三首目のハンモックに抱かれているのは作者自身であろう。三首ともに体感的な感覚が研ぎ澄まされて詠われている。そこが斬新である。

俳句

石川 治子

花火師の影濃く走る湖の闇

選評

 歓声に沸く大花火に、忙しく走り回る花火師の様子が湖面の闇に透けて見えた。花火の感動と影の苦労が一句の中に込められていて素晴らしい句となった。

川柳

上田 寿美

火曜日に会う火曜日が好きになる

選評

 「火曜日」が絶妙である。また、音数、「火」の語感もいい。ほかの曜日を考えてみるが、ここは「火曜日」しかない。そして、現実にこの曜日での出会いがあったのではないかと思わせる力がある。

冠句

笠原 玲子

指定席 可否(かふ)なき日々の凭(もた)れあい

選評

 今までに何度も作ってきた冠題「指定席」と思いますが、句想は限りなく広く深く、佳句が多くある中で選ばれた秀句です。可否とはことのよしあしのこと。よいこともよくないこともなく淡々と過ぎてゆく暮らしぶりを詠われました。下五「凭れあい」の措辞に長きに亘る夫婦のある種達観の姿が見えるのを評価しました。